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ENDRESS TALE

夜を宿す魔性の瞳 4

 ←夜を宿す魔性の瞳 3 →魔性の瞳 3、4章をアップしました

           ◆

「貴臣……っ!」
 今度こそ、地下道の端から真っ逆さまに聖堂へ落ちていきそうな勢いで、ユリは身を乗り出していた。
「だから、焦るなっ!」
 呆れたように芙緋人に引き止められても、命よりも大切な男の無事な姿を確かめずにはいられない。
 外見だけなら大きな傷を負った様子もなく、心の底からほっとする。だが、白い祭服に身を包んだ神父に従って歩く足取りはどこか虚ろで、シティ・ホールで悪魔にとらわれた時を思い出させた。
(強い暗示か、催眠術か……だが、そんなものに引っかかる貴臣とも思えないが)
 相手が人間なら、たやすく隙を作るような貴臣ではなかった。あの悪魔のような圧倒的な妖力に意思をねじ伏せられているなら話は別だが。
 貴臣を祭壇の前へと導いていく神父は、ユリが見たこともない顔だった。
 まだ若い男だ。三十代始めか、下手をすれば二十代にも見えそうだ。神父の格好はしているが、こんなところにまともな神父がいるはずはない。
(偽神父……)
 矢吹の話に出た男だろう。悪魔に生け贄を捧げてバチカンを追放されたかつての神童、ジョニー・オズワルド。
 ハーレムの教会に住み着き、夜な夜なあっちこっちを掘り返していたという男は、こんな地下に潜伏していたらしい。
 ひょっとしたら、彼はここで《遺跡》を見つけたのだろうかと、ユリは痩せた青白い男のおもてを食い入るように見つめた。
 しかし、すぐに興味を失ったのは、オズワルドの後ろに誰よりもユリを惹きつけてやまない相手がいるからだ。
(貴臣――っ!)
 正気を失っている貴臣に届きはしないかと、胸の中で愛しい名前を叫び続けた。
 すぐそこに、目の前に貴臣がいる。もしも、ここにいるのが偽神父と悪魔信仰の男女だけだったら、迷わず飛び出していって力ずくで貴臣を奪い返しただろう。
 しかし、ユリに姿は見えなくても、どこかであの悪魔も《gate》が開くのを待っているはずだ。
 しゃくに障るが芙緋人の言うとおり、迂闊に出ていくのは最も愚かな行動だった。とはいえ、あの悪魔が自分たちに気づいていないとも思えないけれど。
 オズワルドとはデザイン違いの、金のレースで縁取られたゆったりとした白い祭服をまとった貴臣は、ユリの惚れた欲目とばかりも言いきれないほど、天使のように清らかで美々しかった。
 祭壇の前でオズワルドが立ち止まると、信者たちの祈りの声がやみ、低くざわめきが起こる。
 傍らに佇む貴臣は、さしずめ今夜の美しい生け贄というところだろう。
 ハーレムへ《遺跡》を捜しにきたオズワルドはともかく、ほかの連中がどこまで《遺跡》や《gate》のことを知っているかは怪しいものだった。
 おそらく、今夜、ここで何が行われるかも聞かされてはいないだろう。
 だからこそ、《gate》を解放するこの場所に、どうして貴臣以外の人間がこれほどいるのかと、ユリは不吉な思いを禁じえない。
 もしかしたら、貴臣ではなく彼らこそが、《gate》の向こうから来るものへの生け贄ではないのだろうか。
(くそっ……)
 手出ししないで大人しく見ていろというのも、ユリには酷な話だった。かといって、貴臣を取り戻す唯一の機会をぶち壊すわけにもいかない。
 あらかじめ手順でも言い含められていたのだろう。オズワルドに促された貴臣は、ためらいもなく血で描かれた魔方陣の中へしずしずと進み出ていく。
 ちょうど中央で足を止めると、祭服の襟に細い指をかけた。
 ふわりと白い衣装が揺らぎ、その下からさらに汚れない透きとおりそうな純白の肌が現れる。
「なっ……!」
 息を呑んだまま、ユリは拳を握りしめた。この場にいる全員に見るなと怒鳴りたかったが、それもかなわない。
 自分のものにしてからは、滅多なことでは他人の目に触れさせたこともない体だった。それを曝しものにされただけで、かーっと胸が灼けつきそうになる。
 やはり、正気ではないのだろう。ユリの気持ちも知らない貴臣は、恥じらうそぶりもなく淡々とその場に身を横たえる。
 羊皮紙製らしい古めかしい本を広げたオズワルドの唇から、ユリにはまるで聞き取れない呪文が聞こえ始めた。
「芙緋人……?」
「まだだ。……待て」
 怒りに燃えるユリよりもいっそう、危ういほどにきらついた芙緋人の漆黒の双眸が、血を分けたただ一人の異父弟を凝視している。
 ひょっとして、芙緋人は《gate》が開くのを待っているのではないかと、ユリは狂おしい焦燥に駆られた。
 今の芙緋人にとって、貴臣は強大な力を解放する《gate》でしかない。貴臣自身をいとおしむユリとは、目的も価値観も違う。
(どうする……?)
 地下道の枝道から、どうやら聖堂へ降りていくことはできるらしい。芙緋人がわざわざこんな高い場所から儀式を覗いていたのは、オズワルドたちにできる限り気配を気取られないためだろう。
 今からでも駆け下りていって邪魔をすることはできるかもしれないが、あの悪魔が現れれば、また息の根を止められるだけのことかもしれない。
(けれど、このままじゃ……)
 もし《gate》が開けば、貴臣がどうなるのか、ユリのまわりに答えられる人間はいなかった。
 向こうから現れるものが、再び帰っていく必要があるから、《gate》を破壊することはないと言われても、それが貴臣が生きていられるという保障にはならなかった。
「くそっ、ロイ、スティーブっ! 下へおりる。援護してくれっ……」
 悠長に待っている余裕は、ユリにはなかった。地下道へ引き返して走りながら、ロイとスティーブに声をかける。
 いったいどのくらいの時間で《gate》が開くものなのかも、定かではなかった。
 今にも目の前で貴臣を体を引き裂いて、毛むくじゃらの凶暴な化け物が現れそうな気がして、胃の奥が凍りついていく。
「おい、俺は?」
「あんたは小龍を頼む」
 のんびり問いかける矢吹に、ユリは小龍を護ってくれとだけ頼んだ。
 このメンバーの中では、矢吹の力が一番強力なことは明らかだ。しかし、あの悪魔が現れたりしたら、矢吹はシティ・ホールの時のように真っ先に逃げだすのがおちだろう。
 その点では、貴臣を助けに向かう相棒には、ロイやスティーブのほうがよほど信用できた。
 龍が望んだこととはいえ、勝手に小龍をハーレムまで連れてきてしまって、その身に何かあれば貴臣に言いわけもできない。
(怒らせると悪魔より厄介だからな……)
 十歳以上も年の離れた天如の世話を焼いてきたらしい矢吹は、龍を相手にする時とは違い、幸い子供にはやさしかった。
 悪魔と戦う気のない者には子守が適任だと決めつけておいて、ユリはロイとスティーブとともに地下道を駆け下りていく。
 このごに及んでも、芙緋人があえて邪魔をしようとしないことが、どこか気がかりだったものの、貴臣に向かって走りだしてしまったユリは、すでに自分でも抑制が利かなくなっていた。
 貴臣の《gate》の力を解放させてしまってはいけない。自分でも理由さえよくわからないままそう思い詰めていたのは、何か予感のようなものがあったのかもしれない。
 ――闇に堕ちた闇は見つからない。
 頭の中には、昼間、聞いた老婆の言葉がわんわん響き渡っていた。
 ひどく悪い予感がした。ユリの足は常にはありえない速さで坂道を駆け下り、後ろについてくるロイと、デルタ・フォースで鍛え抜かれたスティーブさえも、いつの間にか引き離していた。
(ちくしょうっ、俺はなぜあの《悪魔》を信用しちまったんだ……)
 胸の中でユリが《悪魔》と呼んだのは、貴臣をさらっていった魔性ではなく、貴臣の肉親の兄である芙緋人のことだ。
 ニューヨークへ来て、その人格が別人のように変貌する以前から、ユリ、というより貴臣は散々、彼に振りまわされてきた。
 自分と貴臣にとって、彼が疫病神以外の何者でもないことはわかっていたはずなのに。
 以前の芙緋人とは違うという龍や亜煉の話に惑わされて、本質的なことを見失っていたのかもしれない。
(あいつを貴臣に近づけるのは、悪魔にさらわれるよりも危険だ)
 それでも、芙緋人に逢いたいという貴臣を、ユリに止めることはできなかった。
 貴臣にとって、芙緋人は特別な存在だ。だからこそ、腹が立つ。
 偽神父や悪魔への怒りというより、芙緋人への積もり積もった恨みに衝き動かされるように、ユリは地下の大聖堂へと乱入していた。
 いきなり飛び込んできた見知らぬ男に、悪魔を奉じる信者たちがいっせいに竦み上がった。秘術めいた儀式の最中で、彼らも緊張しきっていたのだろう。
 長身で体格もいいユリが悪鬼のような形相で駆け込んでくるのを見て、たった一人の相手に恐慌したように逃げ惑う。
 その様子から、予想どおり彼らは妖しい力など持たず、まったく敵にもならない普通の人間だとわかる。
 彼らには常識的な警戒さえしていれば、恐るに足りない。問題なのは、偽神父とどこに潜んでいるか気配すら感じさせない悪魔だった。
 信者たちの騒ぎに、オズワルドはようやく長い呪文を止め、不届きな侵入者を睨みつけた。
 さすがに、信者たちよりはいくらか肝が据わっているらしいが、ユリより背も小さくひょろひょろした男がさして脅威になるようには見えなかった。
 もっとも、当たり前に考えればということで、魔物が跳梁するこの世界では何が起こってもおかしくはない。用心に越したことはなかった。
「貴臣っ……!」
 手を伸ばせば届く距離に愛しい人がいる。ユリには、オズワルドよりもそっちのほうがずっと重要だった。
 それに、こちらの姿を曝してしまった以上、もたもたしていて、いつ悪魔が現れるかもしれない。
 白い裸身を魔方陣の中心に横える貴臣に駆け寄ろうとして、そのどす黒い血の紋様に足を踏み入れかけたせつな、大地が揺れ動いた。
(地震……?)
 とっさにそう考えてしまったのは、ユリがまだ常識的な世界にとらわれているからだろう。
 おそらく、この聖堂の近くに《遺跡》があり、悪魔の使徒たちが《gate》を開こうとしていたのだから、その影響を疑うのが当然だった。
 けれど、実際には、激しい縦揺れは地震の状況とかなり似ている。立っていられないほどの足元の震動に、ユリは地面に両手をつかなければならなかった。
 そのすぐ側に描かれた血文字のようなものの下から、ふいに禍々しい赤光が、聖堂の天井まで貫くように光の柱を作る。
「なっ……?!」
 さすがに、目の前の異変には、一瞬、貴臣に近づくことも忘れて息を呑んだ。
 すぐに気を取り直し、赤い光の柱と化した魔方陣の中に貴臣の姿を捜したのは、いくらかはこの魔界にも順応し始めているのかもしれない。
「貴臣――っ!」
 ほとんど直視することもできない強烈な光に腕をかざしながらも、なんとか貴臣がいた辺りに見当をつけて瞳を凝らした。
 そこに、真紅の光に包まれながらわずかに覗く白い指先を見つけて、ユリは這うようにして近づこうともがいた。
 それなのに、目と鼻の先にいるはずの貴臣との短い距離がいっこうに縮まらない。
 地面の揺れのせいばかりではないのかもしれない。まるで重力がいっきに増加したように手足が重かった。
「くそっ、貴臣――っ……!!」
 なんとか正気に戻ってくれと祈るような思いで、喉も張り裂けそうに愛しい名前を呼んだ。
「It is useless.(無駄だ)……」
 いつの間に近づいていたいのか、気配すら読めなかった。すぐ頭上から聞こえた嘲るような声音に、ユリは険しい視線を向ける。
 声の主は、思ったとおり、羊皮紙の本を大事そうに胸に抱えたオズワルドだった。
 そのおもてには、見るものをぞっとさせるような邪悪で恍惚とした笑みが浮かんでいる。
「すでに《gate》は開かれた。この世界に、サタンが降臨する」
「サタン……だと?」
 昼間会った老婆は、《gate》が開かれて「火炎の翼を持つ魔王が降臨する」と予言した。
 オズワルドの言うサタンが魔界の支配者だということは、オカルト関係にはいっさい興味のないユリでも知っている。
 確かに、悪魔に生け贄を捧げていたというオズワルドが、その王たるサタンを呼び出そうとしたところで不思議はなかった。
 決して多いとはいえないこれまでの情報から、貴臣の《gate》の能力というのは、ニューヨークに秘められた世界のバランスを崩すほどの強大な力を解放するためのものだと、ユリは考えていた。
 しかし、実際、その力がなんの役に立つのか、どれだけの人間が理解しているのだろう。米軍やコスモスウエブは、その力を手に入れて何をしようというのだろう。
 オズワルドは《gate》を使って、この世界に悪魔を呼び出すという。
 貴臣をさらっていった《地獄の諸侯》と言われる悪魔の魔力は、シティ・ホールでの邂逅だけでも嫌というほど思い知らされていた。
 サタンというからには、あの悪魔よりさらに凄まじい力を持っているのだろう。そんなものをこの世に召喚すれば、世界中がニューヨークと同じ魔界に変わりかねない。
 とはいえ、サタンなんて呼ばれるものが、異世界であれ、この世界であれ、本当に存在するものなのか、ユリはまだ懐疑的だった。
 誰かがサタンを呼び出したという話も、聞いたことはない。だからこそ、オズワルドは《遺跡》と《gate》を求めていたのかもしれないけれど。
 矢吹の話を聞いた時から、ユリはどちらかといえばオズワルドをペテン師だと思っていた。
 彼には、シティ・ホールで悪魔に感じたような圧倒的な気配が欠片もなかったし、この聖堂に集められている信者たちだって、みんな特殊な力など持たないただの人間だ。
 それに比べれば、遺跡を掘り起こし、あの人間離れした忍者を操っている、コスモスウエブのほうがよほど怪しげな組織だった。
 だが、悪魔がさらっていったはずの貴臣は、オズワルドの手元にいた。少なくとも、オズワルドがあの悪魔となんらかの関係があることは事実だ。
「貴臣に……何をした?」
 シティ・ホールで悪魔に奪われた時から、貴臣は正気には見えなかった。
 どれほどの時間であれ、こんな男に好き勝手に弄られていたのかと思えば腸が煮えくり返りそうだった。
 かといって、貴臣を包んでいる赤光を放つ魔方陣をなんとかしないことには、恋人を腕に抱くこともできないらしいと、ユリはオズワルドを睨みつけた。
 オズワルドを殺せば術が解けるというのなら、喜んでそうしたが、この場でなんとかできそうなのは、目の前のペテン師しかいない。
「彼は《gate》だ。すべてを解き放つ門だ。彼の体さえあれば、どんな力でも自在に……」
「あいつは、俺のものだっ!」
 叫びざま、ユリはしなやかで獰猛な獣のように、オズワルドに飛びかかった。
 魔方陣の中の貴臣に近づこうとした時にはあれほど重苦しかった手足が、オズワルドに対しては思いどおりに動く。
 自分よりもずっと痩せて小柄な男の首根っこをつかまえ、引きずり寄せるのは、雑作もなかった。
「ひぃぃ――っ!」
 悲鳴を上げて腕の中で竦み上がる男を、ユリはぎらついたまなざしで見下ろした。
「おまえなんかに、貴臣の体に指一本触れる資格もねーんだよっ。さあ……この首をへし折られたくなかったら、貴臣を解放しろ」
 片手で握り潰せそうに細いオズワルドの首をやんわりと絞め上げながら、ヤクザらしい凄みのある口調で脅す。
「無駄、だと……言ったはずだ……」
 切れ切れに呟くオズワルドは、やわな外見に似合わず、すぐに音を上げると思ったユリの予想に反して強情だった。
「てめーっ!」
 死なない程度に痛めつけてやろうかと、ユリが力を込めたせつな、蒼白になったオズワルドの顔がぐるりと白目を剥く。
「おいっ!」
 まだ絞めていないぞとうろたえたユリの全身が、瞬間、ざわっと総毛立った。
(こいつはっ!)
 あの気配だということは、一瞬でわかった。シティ・ホールで一度会っただけでも、おそらくもう一生、強烈な感覚を忘れることはないだろう。
 ぐったりと力を失ったオズワルドの体を突き放すように放り出し、数メートルも後ろに飛び退る。
 ユリに手放され、あっさりと地面に倒れ込んだオズワルドは、壊れたでく人形みたいにかくかくと頭だけをもたげた。その角度が、あり得ない方向へ捻じ曲がっている。
(どこかで見たな……)
 ふと、古い映画の中で、悪魔に憑かれた少女の首がぐるりと後ろへまわったシーンを思い出した。
「悪魔……か」
「ユリ――っ!」
 聖堂に駆け込んできたスティーブが怒鳴る。彼もまた、シティ・ホールで出会った悪魔の凄愴な気配を、オズワルドの抜け殻の中に感じ取ったのだろう。
 同時に、生死をかけた戦いの中で培われた反射神経のように、スティーブの持つM16の銃口が火を噴いた。
 哀れな男の肉体を立て続けに銃弾が引き裂き、鮮血が舞う。
 だが、血塗れのその顔は、なんの痛みも感じていないようににやりと不気味な笑みをこぼした。
 キャ――ッ……!
 まるでタイミングを計ったように、恐怖に駆られた女の悲鳴が聖堂に響き渡った。
 何事かと振り返ったユリの目に、血飛沫を上げて飛ぶ人間の体が映り、血生臭い光景には慣れているはずが、そのあまりの凄惨さに息を呑んだ。
 真紅の光を放つ魔方陣のまわりには、誰のものか見分けもつきそうにないほどばらばらになった人の手足が散らばっていた。
 切断されたというよりは、大型の肉食獣にでも食い散らかされたように見える。
 多分、自分の身に何が起こったかも理解できないうちに絶命した首が、その傍らからぼんやりユリを見上げていた。
「なん……だ?」
 シティ・ホールを襲った悪魔は、漆黒の翼の一振りでユリの心臓を止めた。
 けれど、いつの間にかオズワルドの体の中に潜んでいた悪魔が、信者たちを襲うような素振りはまったく感じなかった。
 もちろん、ユリが感じ取れなかっただけかもしれないけれど。
 しかし、次の瞬間、魔方陣の向こうにいた男が吸い込まれるように光の中に消え、ユリの目の前に飛び散った肉片がぼとりと落ちてきた。
 気の弱い人間なら、それだけで失神するか、パニックに陥っていただろう。
 だが、幸か不幸か、ユリもロイたちも血の匂いが濃密なほど、かえって冷静になれるタイプだった。
「ユリ……っ!」
 見ろというように、ロイが魔方陣の中央を指差した。さすがに、そのおもてもうっすらと血の気をなくしている。
 けれど、ロイに示された先へ何とはわからない不安な視線を向けたユリの驚愕は、いっそう激しかった。
「貴臣……っ?」
 忌まわしい真紅の光の中に、白い裸身がゆらゆらと揺らいでいた。
 まるで救いを求めるようにその華奢な腕が差し伸べられると、魔方陣の周囲で放心したように啜り泣いている女たちが、次々に光に呑み込まれていく。
「逃げろっ!」
 魔方陣から離れろと、ユリは怒鳴り声を上げた。貴臣をいかがわしい儀式の生け贄にしようとしていた連中に、決して同情はしなかったけれど。
 あれは、貴臣ではない。《gate》である貴臣の体をとおして、オズワルドが呼び出したものの仕業だ。
 わかっているのに、ユリには、真紅に染まり鮮血を浴びたその真っ白な肢体が、貴臣自身が恐れてきた《夜叉》の姿に見え、狂おしいように胸が騒いだ。
(これが、不安の正体か……?)
 芙緋人が自分を引き止めようとしたのは、これを待っていたのではないか。そして、自分が《gate》を開いてはいけないという思いに衝き動かされたのも、これを予感したからかもしれない。
 それが、東堂家の血の中に長い間眠り続けていたものであれ、異世界から召喚されたものであれ、小龍が変わり、芙緋人が変わったように、貴臣の精神を変化させるものだと、ユリは知っていた。
 ――闇に堕ちた闇は見つからない。
 あの老婆の言葉が、耳の奥にわんわんと木霊する。そういえば、ワシントンで李花(リーファ)にも同じようなことを言われた。
 ――闇の中では、すべてのものがあんたに引き寄せられてくる。だが……大切なものを見失うよ。
 地獄の果てまで、抱きしめた腕を放しはしない。絶望的な闇と孤独を抱えたあの魂を、包み込めるのは自分だけだと信じていた。
 その信念は、何があっても揺らがない。たとえ何人の人を殺めようと、心の中に鬼か悪魔を棲ませようと、貴臣が貴臣であることに変わりはなかった。
(惑わされるな……)
 どんなに恐ろしく、おぞましく見えようと、真実はすぐそこにある。何が大切かを見失えば、地獄に堕ちるのは自分のほうだ。
「スティーブっ、ぶん殴ってでも、そいつらを魔方陣から引き離せっ! 外へ連れ出してくれっ!」
「おまえはっ?」
「俺は、貴臣をあそこから引っ張り出すっ……」
 案じるように訊き返してくるスティーブに、自信たっぷりに答えた。まさかと目を瞠る男に、薄い笑みを浮かべてみせる。
 貴臣を連れ戻せる者は、ユリしかいない。だから、芙緋人は自分たちをここへ連れてきたはずだ。
 もし、そうでなかったとしても、二度と貴臣を手放すつもりはないと、ユリはもう顧みることもなく紅い光へと踏み出した。
「ユリ――っ!」
 心配して自分を呼ぶロイの声が、ひどく遠いところから聞こえた。
 意識を失いかけているらしい。これなら体を引き裂かれても痛みも薄れるかもしれないと、ユリはひっそりと笑った。
「貴臣……っ、貴臣……、戻って来い……」
 呼びかける言葉が声になっているかどうかも、すでにユリにはわからなかった。
 それどころか、自分が歩いているのか倒れているのかすら、朦朧とした頭ではおぼつかない。
「貴臣……っ!」
「……ユリ」
 一瞬、自分に答える囁きが聞こえた気がして、閉ざしかけていた瞼をぼんやりと開けた。
 赤光の中にいたはずなのに、視界はどこまでも暗くて、微かな明かりさえ見えない。おまえはこんなところにいるのかと、胸を締めつけられた。
「貴臣……」
 甘やかす声で名前を呼んで、温めてやるからと見えない気配へ両腕を差し出す。
 それを、オズワルドの言った魔王(サタン)だとは思わなかった。目の前で人が引きちぎられようと、自分自身を食われようと、そこにいるのが愛しい者であることを疑わない。
「ユリ……」
 戸惑うように密かな泣き声が届いて、「バカ……」とやさしく叱った。こんなせつなげに泣く相手を、貴臣以外には知らない。
「ほら、来いよ」
 日本でも、魔界でも、闇の底でもいい。貴臣を抱いていられれば、そこがユリの安住の地だった。『北辰会(ほくしんかい)』の組長だって、いつでも九鬼に任せられるつもりでいることを、貴臣に話したことはなかったけれど。
 おずおずと近づいてきた気配は、取り戻したと思ったユリの腕の中でふっと消えた。
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