ENDRESS TALE
夜を宿す魔性の瞳 6
◆
龍の心当たりは、チャイナタウンからハーレムへと行商にきている商人の仮住まいだった。
陳というその男は、新月から新月までの間を、チャイナタウンとハーレムにある家で交互に暮らしているという。
日用品を扱っていると聞かされたが、ほかにも怪しげな収入源でもあるのかもしれない。なかなか羽振りもよさそうで、ハーレムでの仮住まいとはいっても、小さなビルをまるまるひとつ所有していた。
ほとんどは倉庫になっているみたいだけれど、外から持ち込んだ洒落た家具をしつらえた客間も数部屋あり、龍はともかく、面識もないユリたちには贅沢すぎるほどの宿になった。
普段なら、雨露がしのげれば文句もなかったが、意識の戻らない貴臣を連れている今は、それが何よりもありがたい。
場所によっては断水しているところも多いらしいが、ここは水道が使え、シャワーを浴びることまでできた。
人懐っこい陳に着替えまで用意してもらい、人心地つくと、やはり地下聖堂での殺戮の光景が脳裏に蘇ってくる。
ゆったりとしたダブルベッドで眠り続ける貴臣の傍らに付き添いながら、ユリは無防備な美貌を飽きずに見つめていた。
「……ユリ?」
名前を呼ばれて、最初は寝言かと思った。けれど、すぐに長い睫が揺らぎ、深い闇のような虹彩が覗く。
「目が覚めたか?」
シティ・ホールで悪魔にさらわれてから、あの地下で《gate》が開くまで、貴臣がどれだけのことを記憶しているか、定かではない。
穏やかに問いかけたユリに、貴臣は枕の上で細い首を傾げ、甘えるみたいにひっそり微笑んだ。
「おまえが、助けに来てくれたのか?」
「覚えているのか?」
できることならすべてを忘れていてほしい、そう願いながら、ユリは冷静に確かめた。
「シティ・ホールで……、俺は、あれに拉致された。あれは……何、だったんだ?」
「悪魔だそうだ。矢吹がそう言っていた」
「悪魔……?」
戸惑うように瞳を彷徨わせた貴臣の口元を疑うような笑みがよぎり、しかし、たちまち唇を固く噛みしめる。
「本当、なんだな?」
「ああ。本当だ」
「悪魔が、どうして……?」
「《gate》を開こうとしたらしい」
貴臣にも、自分が狙われる理由は薄々察しはついていたのだろう。ユリの言葉に、いっそう翳りをおびたまなざしを返した。
「《gate》は、開いたのか?」
「……ああ」
不安そうに訊ねるところをみると、貴臣はあの地下でのできごとを覚えてはいないらしい。
それには、ほっとして、よけい返事に慎重になった。貴臣が納得できる程度の真実を話しながら、上手に丸め込まなければならない。
「どうなっ……?」
青ざめていく顔は、どこか泣き出しそうにも見えた。貴臣に、さらわれる前と変化があるようには思えないけれど。
「《gate》は開いたが、その衝撃で、俺たちは落盤事故に飲み込まれたんだ」
「落盤? 地下で?」
「ああ。奇跡的に無傷だったがな」
ユリの説明を、貴臣が素直に信じたかどうかはわからない。しかし、ユリの言うことをあえて疑うような貴臣でもないだろう。
「おまえは、どうだ? どこか、違和感はあるか?」
「わからない……けど」
悪魔にさらわれ、おまけに記憶にない落盤事故。貴臣が困惑するのは当然のことだった。
何か訊きたそうに唇を開きかけては噛み、薄い粘膜が傷つきはしないかと、見ているユリのほうははらはらする。
「貴臣……。あんまり噛むな」
ベッドサイドから手を伸ばし、微かに震えているそれを静かになぞると、びくんと跳ね上がるみたいに、貴臣は思いがけない反応を示した。
「あっ……」
かーっと、見る見る真っ赤に染まっていく顔色を見るまでもなく、それがどういう時の所作か知らないユリではない。
「どうした……?」
それでも意地悪く言ってみろと促すと、しっとりと潤んだ危ういような目つきがユリを睨み上げた。
「だっ……てっ」
「うん?」
「ユリ……。俺の体、調べた?」
「調べたさ。二人っきりになって、真っ先に。貴臣が、俺だけのものかどうか」
悪びれもせず、体の中まで調べたと囁くと、貴臣はますます耐えきれないように羞恥に感じやすい瞳を濡らし、恐ろしい疑惑に指先を強張らす。
「ユリ……?」
「心配するな。バージンみたいにまっさらの体だった」
「あ……」
あからさまにほっとしたような溜息を洩らしてから、意識のない内にどんなふうに見られたのかとでも思ったのか、居たたまれないように瞼を伏せた。
「貴臣……」
「あ……っ」
「まだだろう?」
体を調べるだけではまだ不十分だろうと、わざと耳元へ熱い吐息で吹き込むと、ぶるっと震え上がった貴臣は、今度こそ欲情に濡れた目を上げた。
「どうしたい?」
「抱い、て……。もっと、確かめて。俺が、ユリのものだって、確かめさせて……」
全部触れて、ひとつに繋がらなければ安心できないと、貴臣はいつになく直截に訴えてくる。
それが、貴臣がどれほど怯えているかを赤裸々に伝えて、ユリの胸まで狂おしく焦がした。
「ああ。でも……どこか苦しかったら、ちゃんと言えよ」
痩せた体つきをみれば、拉致されていた間、ろくなものも食べていなかったに違いない。ようやく目が覚めたばかりで、半分病人のようなものだと念を押した。
けれど、ユリの心遣いは貴臣をかえって疑心暗鬼にさせてしまったらしく、いっそう焦燥に駆られた手つきがしがみついてくる。
「抱いてっ! ……ユリの、入れて……」
普段なら、よほど昂っていなければ恥じらって言わないような言葉で、最初からねだることなど滅多にない。
苛めるよりも包み込んでやさしくしたいと思うのに、絡みついてくるしなやかな腕や、押しつけられるなめらかな肌の感触が、急激な欲情へとユリを駆り立てようとする。
「おい、貴臣。煽るな……」
そうでなくても、八つ年上のなまめかしい恋人の誘惑には、どこまでも弱いのだ。勘弁してくれとぼやきながら、ユリは貴臣が一枚だけ身につけているシャツを脱がせ、焦らしもせずに素足を押し開いた。
「あ……」
「うんと舐めてやるから、隠すなよ」
どこよりも敏感な襞をユリの唇で愛撫されるのを、貴臣が泣きそうなほど恥じらいながら、どれほど待ち焦がれているか知っている。
いつも始めは拒もうとするから、舐めさせろと言い聞かせ、淫らな腰を抱き取ってやる。
「あっ……あんっ、あ、ぁぁっ……ユリ……」
唇が触れる前、息が触れただけで、貴臣はすっかり張りつめた性器ごと華奢な腰を揺すり、せつなげな泣き声を洩らした。
「もっと、いい声で泣けよ」
声を殺すなと唆しておいて、大胆に舌を捻じ込んだ。ぎゅっと締めつけてくる反応のよさも、いつものままだ。
(どこも、変わっちゃいない……)
貴臣が変わらずにいることに安堵していいはずなのに、胸の翳りを消し去れないのはなぜだろう。
「あっ、あぁ――っ、ユリっ、ゆ、り……いいっ」
「気持ちいいか?」
「うん。……もっと、もっと、して」
涙を浮かべた目が、下腹に顔を埋めるユリを窺い、甘く奔放にせがむ。
乱れる貴臣はどこまでも艶やかにきれいで、ユリの欲望を痛いほど高揚させた。
舐められただけで、やわらかく蕩けていく従順な襞に、こっそり陳に頼んでおいたゼリーを塗り込めると、ぐじゅぐじゅといやらしい水音が立つ。
「はっ、あぁんっ、あ――っ、あ――っ……」
声を堪えられないのは、ユリにけしかけられたからというより、貴臣がいつになく感じすぎているせいだろう。
「ゆりぃ……もっ、早くっ」
ろくに聞いたこともないような、甘えきった声音でせがまれて、ユリの中で最後まで引っかかっていた疑念の箍も弾け飛んだ。
「早く、なんだ?」
「入れてぇ――っ!」
我慢できないと、自分から素足を抱えて貪欲な奥まで開いてみせる貴臣に、ユリが冷静でいられるはずもなかった。
「凄いな……」
淫蕩に笑ってウィンクしてから、撓めた体をうつ伏せにして抱え上げたまろやかな尻を抱く。
「あんっ、あぁぁぁ――っ、あ――っ!」
「きついか?」
絶叫するような悲鳴を上げられると、無理をさせてしまったかとひやりとして、いくらか正気に戻った。
けれど、答えることもできずにふるふると細い首を震わせ、真っ白な背中まで紅潮させていく貴臣が、どれほど悦んでいるかわかれば、もう抑制など利かなかった。
「あっ、あっ、あんっ、いいっ、ユリっ、いいっ、いいっ……」
パンパン音が鳴るほど猛々しく突き上げられ、貴臣はうねるように細い腰を振り立てる。蕩けて絡みついてくる内壁は、ユリを押し包み、吸いつくように甘く蠢いた。
「いいのは、こっち……。一回、出していいか?」
二度でも三度でもいかせてやるから、貴臣の中で出したいと音を上げた。あられもないユリの科白は、昂った貴臣にも火を注ぐ。
「いいから、ユリ……かけて、いっぱい……」
溶けきった闇色の瞳が、青いシーツから振り返ってユリを誘う。
堪えが利かず、密着するように下肢を揺さぶって、激しく突き入れながら欲情を解き放った。
「……っ、貴臣!」
「ひぃぁっ、あぁぁ――っ、っ、……はっ、あ……」
びくびくと脈打ちながら果て、白濁した互いの精液がシーツにこぼれて混じり合う。
貴臣のこぼしたものを塗りつけるように指を這わすと、濡れそぼった粘膜が中にいるユリをきつく搦めとった。
「まだ、抜かないで……」
「ああ。何度でも……」
絶え入りそうに掠れ、婀娜めいた囁きに、ユリはすっかり甘やかす声で応じていた。
「貴臣、眠る前に体を拭いてやるから……」
バスルームからお湯とタオルを用意して戻ってきたユリは、満たされきってベッドにぐったりとうつ伏せた貴臣へ声をかけ、そのまま硬直した。
貴臣のしみひとつない純白の背中に、見慣れない黒い影がぼんやり浮かび上がる。その影は、ユリを見つめて、にやりと笑った。
To be continued.
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